今年の11月24日。長らく一度お目にかかりたかった中島省三さんと、ようやくお会いすることができました。中島さんは1960年代中頃に小型飛行機自家用操縦士免許を取得され、自ら琵琶湖上で小さな飛行機を運転しながらスチール写真や動画を撮影してこられた映像作家さんです。琵琶湖の 赤潮の全ぼうを空から初めて撮影されたのは、中島さんだそう。有史以前から35年前まで色濃く残っていた“古きよき琵琶湖の風景”が破壊されていく最後の姿を、大きな怒りと共に空から看取った方なのです。飛行機を自分で操縦するなんて、まるで『星の王子さま』の著者、サン=テグジュペリみたいです。
京都新聞の記事で、かの有名な三井寺・観音堂の書院で中島さんの写真展が開催されることを知り、めったにないチャンスと思い出かけてみることにしました。インターネットでも琵琶湖のことを調べるようになった当初、中島さんが制作された昔の琵琶湖に関する映像作品を見て、一度お目にかかりたかったのです。写真展に行ったところでどうなるか分かりませんでしたが、とにかく南湖の南西岸に位置する三井寺へ出発しました。紅葉のシーズンということもあり、平日にもかかわらず三井寺は観光客で結構な人出。
参道を歩いていくと、赤くなったもみじ。境内の美しい景色を堪能しつつ会場に向かいました。
観音堂の書院は、さすがのおもむきです。靴をぬいで中に入ると、廊下の壁には、まずは琵琶湖の湖岸からの風 景スナップが、たくさん飾られていました。中には、釣り上げたバスを嬉しそうに掲げる釣り人の姿も。「もしかしたらル アー釣りを愛好しているような輩には、手厳しいのかも」。そんな不安と緊張感がありましたので、その視点の優しさに救われました。そして奥の廊下に進む と、空 から見た昔の琵琶湖の写真パネルが、たくさん展示されていました。それらの多くが撮影されたのは、1980年代初頭〜2000年代前半まで。琵琶湖総合開発に よって琵琶湖の周囲が激変していった姿を、自ら操縦する飛行機からライカ等の一眼レフで撮影した写真の数々です。
写真を拝見している内に、何だか腹の底からの感動が押し寄せました。撮影当時は当然、ドローンもデジカメもなかった頃。空から思う通りにスチー ル撮影するのは至難の技だったはずです。自分で飛行免許をとって飛行機を操縦して琵琶湖を直接撮影するなんて、凄すぎるバイタリティーです。
書院の室内の障子は外され代わりに展示用パネルがはめられ、そこに写真が飾られています。床の間では映像作品が上映され、そのために室内は薄暗いのですが、写真には柔らかいライトが当たり窓からは初 冬の木漏れ日も入るという雰囲気の中、浮遊感が心に飛び込んできて夢中になりました。
もしかしたら会場に御本人がいらっしゃるのかな?
と淡い期待がありましたが、受け付けの方にうかがったところ、午前中におみえになったものの一旦帰宅されて、昼すぎから会場入りされる予定とのこと。写真を一通り見終わっても来られないので、少しだけ、待ってみることにしました。入場者が途切れたので、これ幸いと床の間前にペタンと座り、じっくりと映像作品を鑑賞します。数々の作品はどうやって撮影されたのか、長らく疑問に思っていました。「コックピットのガラス越しに撮ってたのかな? 落ちたら危ないし」とずっと予測していましたが、上映中の短編映画に、その答えが見つかりました。「窓を開けてしもて、そこからカメラ構えて狙っとるがな!」。
シンプルかつ豪快な手法に、脱帽。恐くはないんでしょうか? 風とか凄そうで、手振れもしそう……。
空から見える昔の琵琶湖はもちろん、大感動。そして「飛行船」という映像作品もシビレました。日立の“キドカ ラーの飛行船”、子供の頃にテレビか本か何かで見たことがあるのを、すっかり忘れていました。幼少期に暮らした神戸でも、何らかの広告が描かれた飛行船が、 確かに飛んでいたのです(鯉っぽい魚のやつか、フィルム会社のやつとかだったような気がする)。いきなり飛行船が登場したので、少年時代に興奮しながら 空を見上げた記憶がフラッシュバックし、泣きそうになります。琵琶湖の南西岸の際川に飛行場があったという事実にも驚かされました。飛行船がゆっくりと離 陸している姿が映りますが、中島作品が非凡なのはそこから。飛行船のお尻をずっと追いかけて、ついには飛行船を見下ろすんです……。そして飛行船の下に は、昔の琵琶湖と、広大な緑の田園風景が映っているんです! アシッド感満載な何とも不思議な映像に、ガツンとやられてしまいました。また、 他の作品では、フロート付きの小型水上機も登場。昔の琵琶湖らしくヨットがたくさん浮いている中に着水して、それからヨットのすき間を縫う様に水上を滑走 してから飛び立つ シーンも、凄すぎました。飛行機以外のテーマでも、1969年まで琵琶湖西岸を走っていた小さな小さな列車「江若鉄道」の動いているシーンも見る事ができ ました!
映像作品もじっくりと拝見しましがた御本人は来場せず、受け付けで確認してもやっぱり無理そうなので、残念だけどそろそろ失礼しようと思った、その時です。廊下の向こうから、眼光鋭い、キャップをかぶった初老の方が現れまし た。そうに違いないと思いましたが、やはり中島省三さん御本人でした。さっそく厚かましく挨拶させていただきました。いきなりでびっくりされたはずですが、丁寧に対応くださり、いろいろとお話くださいました。もの静かな口調で語られるお話の節々から、昔の琵琶湖がどれだけ美しかったのか、想像できました。
空から見た昔の琵琶湖の写真には、今ではほとんど残っていない“エコトーン”(推移帯)がたくさん写っていました。エコトーンとは、浅瀬と陸とが連続している水際のこと。それらの広域にわたる壊滅的な喪失に関しては一釣り人として、思う事が多々あるのですが、その辺のことは、とりあえず置いておきます。話がトゲトゲしい方向に向かってし
まうからです。中島さん御自身も、湖岸の環境の喪失に関しては実際かなり怒っていらっしゃって、忸怩たる思いがおありのようですが、釣り人サイドの
視点に引き寄せすぎて中島さんの作品を語るのは、作品の本意からそれることになります。中島さんの視点は、地べたからの狭い視点ではなく、もっとずっと空高くからのものです。人間が時代の流れで行ってしまった自然破壊のすさまじさを真摯に伝える作品である一方で、琵琶湖に対する愛にもあふれていました。じっくり拝見して分かったことは、開発以前の空
から見た琵琶湖は、想像以上に今より柔らかくて優しく、圧倒的に美しかったということです。今後の琵琶湖はどうあるべきか、示唆にとんでもいました。またどこかで展覧会が開催されるかもしれませんので、興味がおありの方は、ぜひ一度御覧になってみてください。
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